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ユーキズム

~社会人バンドマンの自由気ままな奔放記~

その批判、どっかで見たなぁ。よくある批判の3パターン

オピニオン

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先日、フリーランスになったあんちゃさんが注目されてますね。

 
そのあんちゃさんに対する批判にたいして物申す記事なんかもあったりします。
どちらも記事の内容、はてブコメント共に読んでみました。
 
そしてこの記事だけでなく、過去に色々と注目された記事も含め、読んでいて感じたこと。それは、「この批判、どっかで見たことある」「いったいみんなは、批判の先に何を望んでいるんだろう」ということです。

 

他人を批判する人の気持ちが分からない

極論を言うと、ぼくは他人を批判する人の気持ちが分かりません。それは「自分は自分、他人は他人」という考え方が根底にあるからです。
相手と考え方が違うなら当然自己主張は問題ないです。犯罪など、法を犯す行動やものに対して否定するのも当然です。相手の行動の結果、自分に被害がでる場合に批判するのも分かります。ただ、正解とも不正解とも判断できないものに対して批判が飛びまくるのはいつも疑問でした。
 
前述の通り、ぼくの根底の考えでは「他人は他人」なので、まぁそういう考え方もあるよなぁ、くらいで済ませることがほとんど。逆に何でみんなそんな突っかかるんだろう……って気になってました。ので、今日は自分なりに「批判」という行為に対して考えてみました。そうすると、だいたい批判は次の3パターンのどれかだと判明したので書いてみます。
 

1.嫉妬論

まず、批判に対しての記事で必ずと言っていいほど書かれる考え方。それが批判の動機は嫉妬論です。自分より稼いでる、楽しそうな生活をしている、自分には出来ないことをしている。俺はこんなに苦労してるのに!ふざけるな!という感情からつい相手を批判してしまう、的なやつですね。
 
これに対してのぼくの見解は、「半分くらいはこのパターンなのかなぁ」です。もっともらしい理由をつけて批判する人に対して使われがちなイメージですが、個人的には「なるほどー、そういう考え方もありだなー」って内容もあるんですよ。
 
たとえばあんちゃさんに言及したりょうたさんの記事に対してのコメント。
批判が集中したのは、その記事を読むサラリーマン層に対する敬意が足りないからだよ、暗に批判されているように感じる。それなのに自分のことは批判するな、とかいうな。ポジティブなら誰も傷付かないわけないだろ。
なるほど。暗に批判された気がするっていう捉え方もあるのかー。これって、ただの嫉妬心では出てこない考え方じゃないかな?とか思ったりします。まぁ捻りだした可能性もありますが(笑)
 
なので、一概に批判=嫉妬心ではないと考えてます。
 

嫉妬論な人達が批判の先に望むもの

嫉妬論な人たちは批判を通じてどうしたいんでしょうか。
ぼくの見解は「人の不幸で蜜をすすりたい」です。あとで結果が出なかったときに「ざまぁ!」と言って楽しみたいんでしょう。これは人の性なのでしょうがないのですが、分かっていても批判を受けた人は辛いですよね。
 

2.俺の意見が絶対だ!論

次によく目につくのが「アホか!そんなんじゃだめだ!こうやるべきだ!」という自己主張が過ぎて批判になってる俺の意見が絶対だ!論。同じく引用するとこれとかがそうですね。
全然違う。計画が雑すぎるからそのいい加減さにムカついているのだ。そもそもフリーというのは大先生向けのモデルであって非常に効率悪くリスクも高い。ちゃんとチームを組んでビジネスモデルを議論し続けるべき
ムカついてるとか言っちゃった!この手のコメントは「~すべき」という発言が多いですよね。複数のコメントを見てると総じて考え方は一貫しているので、それ自体は素晴らしいと思います。が、批判的な物言いにしなくてもいいのに……といつも感じてます。
 

俺の意見が絶対だ!論の人達が批判の先に望むもの

このタイプの人たちは批判を通じてどうしたいんでしょうか。ぼくの見解は「世の中おかしい!みんな俺のいう通りになってほしい!」です。はい、とっても極論です。けど根底にはこの考えがあるんじゃないでしょうか。
自分が積み重ねた知識や経験を元に出来るだけいい方向に進んでほしい。その考えが濃ければ濃いほど他人の考えが理解、もしくは納得できない。だから強く当たってしまうのではないか、と考えます。
 

3.人格否定論

個人的に一番理解できないのが人格否定論です。今度はあんちゃさんの記事に対するコメントです。
 逃げた事を挑戦と言い換えてるだけじゃんって思ったけど女ならいいんじゃない案件。昔似たような女ブロガーいたよね。自分の働き方は派遣とかいいつつ1年も経たず結婚してた人w必死な自己肯定がそっくりや
女ならいい、必死な自己肯定等、なんかこう、バカにした感じのコメントを残す人もいますよね。その記事や考え方にではなく、性別や人格に対する批判や差別的発言は見ていてあまり気持ちがいいものではないです。
 

人格否定論が批判の先に望むもの

この人たちが批判の先に望むものはとっても単純。今すぐ「ざまぁwww」したいだけ……ですかね。嫉妬論と違うのは今すぐってとこです。
 

批判=行きすぎた自己主張

ぼくが目についたのはこれくらいですが、見ていて分かったのは、批判って総じて自己主張の延長線上なんだなってこと。だって、応援メッセージ書いてる人って誰かに見られたい!とか思って書いてはないですよね。批判は、俺の意見はこうだーっ!!!ってアピールがすごい自己主張、というのがぼくの見解です。
 

最後に

自分の意見を聞いてほしい、賛同してほしいというのは誰しもが持ってるので自己主張が強くなってしまうのはしょうがないです。ただ、度がすぎる人を不快にさせやすいものだというのも事実。ぼくは自分の意見を伝えることはしても、批判はしない人間でありたいです。
 
今日はここまでっ。